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1万0800ベクレルの焼却灰の搬入を阻止(千葉県我孫子市)

千葉県我孫子市の住民、高濃度放射性廃棄物の搬入を食い止めた

2013年8月1日。

千葉県松戸市から運び出された高濃度(この日は、1万0800Bq/kg)のごみ焼却灰約2.4トンは、千葉県が作った「一時保管所」という名のずさんな施設への搬入が実現しなかった。

 この場所への汚染灰の搬入に強く反対してPhoto_3汚染焼却灰を積んだトラックの前に人々は「帰れ」「汚染灰を持ち込むな」などといいながら、静かに立ちはだかった。


いる「広域近隣住民連合会」の阻止行動が成功したのだ。「阻止行動」というと、過激な行動を想像する人もいるかも知れないが、誤解のないように付言するが、いたって平穏に行われた。「搬入反対」などのプラカードを掲げて、「搬入反対」や「帰れ」などの声が上がり、搬入トラックを先導する松戸市の乗用車の前に立ちはだかっただけである。千葉県警の警官が2名ほどいたが、どこかと連絡を取っていただけであった。

Photo_2

搬入トラックを先導してきた松戸市の車

 私はこの「一時保管場所」に、やはり汚染灰を搬入してきた流山市に住むものだが、このように放射性物質の拡散に反対する一人である。

 以下、この日の「阻止行動」の一角に参加した者として、私が見聞きしたことを報告する。

 

■■ホットスポットの高濃度焼却灰の置き場がない

東電福島第一原発事故によって撒き散らされた放射性物質は、千葉県東葛地域(柏・流山・我孫子・松戸など)、埼玉県南東部(三郷市など)、茨城県南部(守谷・取手など)にも降り注いだ。放射性物質汚染のホットスポットとなってしまった。

 事故から2年以上経過しても、柏市内の大堀川の川辺では、7月末時点でも1.5μSv/時を超える数値を観測している。(この件についても近日中に報告する。)

 さまざまな植物なども汚染してしまい、いまだに枯葉や切り落とした木の枝などを燃やすと放射性物質が濃縮され、高濃度汚染の焼却灰が残る。

 これの持って行き場がないのである。

 なぜか千葉県は(なんと言ってもあの森田健作氏(本名:鈴木栄治)が知事だから)、手賀沼流域下水道最終処分場の敷地の一角にこれらの焼却灰の「一時保管場所」という名目でテント作りの保管場所を作ってしまった。

 その場所は、我孫子市と印西市の境目に位置する。近くには県立高校もある。住宅もある。

 

■■放射性物質による汚染が心配だ。

 まずは、汚染の拡大が問題だ。千葉県はあくまでも一時保管だと説明する。たしかに、この場所にテントを設置するための地元との協定には、期限は2015年3月まで、となっている。それまでには、環境省が「最終処分地」を千葉県内に設置することになっているので、2015年4月からは、その最終処分地に移動させるというのだ。もし、最終処分地が決まらないときは、この一時保管場所におかれている焼却灰は、元に自治体に返すことになっている。(経過については、我孫子市のHP参照http://www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/24,109309,248,1103,html

 さらにこの場所は手賀川の最下流に位置し、標高も低く、洪水の危険性も指摘されている。まら、竜巻などの発生も懸念されているところでもある。がんじょうなコンクリートなどの構築物でもない保管場所が浸水や強風などにどこまで耐えられるのだろうか。

 近隣住民のこれらの心配については事実上千葉県からの説明はない。あくまでも「一時保管場所」だから数年後には撤去されるから、という考えなのだろう。その間に災害が起こらないという保障はない。今年も各地で水害が起こっている。

 

■■我孫子市も我孫子市議会もこの一時保管所の設置には反対

 もともと廃棄物(ごみ)は自区内処理が原則である。放射性廃棄物だって同じだ。

 この「一時保管場所」には、我孫子市や印西市以外の松戸市・柏市・流山市の高濃度焼却灰(8000Bq/kg以上)が運び込まれている。

 このことに強く反対する「広域近隣住民連合会」(代表:榎本菊次さん、事務局長:小林博三津さん

http://ameblo.jp/abiko-osenbai-hantai/entry-11585149788.html)は、先に指摘した危険性の問題とともに、この《ごみの自区内処理》に反するとの正当な指摘もする。

 我孫子市も印西市もそれぞれの議会もこのような一時保管場所の設置には強く反対している。(ただし、それぞれ自分の市域の中にあるので、両市の焼却灰は「自区内処理」に該当する、との見解を持っていたこともある。)

 搬入したがっていた自治体も、広域近隣住民連合会の強い要請行動などもあり、初めに考えられたよりも控えめの搬入となっている。 

 しかし、7月下旬になって松戸市は汚染焼却灰の一時保管場所への搬入の方針を打ち出した。

 それに対して我孫子市はただちに「放射性物質を含むごみ焼却灰の一時保管施設への搬入再開の中止について」(7月30日)という文書を松戸市に提出したhttp://www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/24,109384,248,1103,html

 しかし、松戸市はまったく無視する形で、8月1日の搬入を強行しようとしたのである。我孫子市民が怒るのも当然である。「やめてくれ」とひとつの自治体の長の名で要請したものを無視する松戸市の姿勢には、私も強い疑問感じざるを得ない。千葉日報の報道によれば、松戸市の織原副市長は、「県の指導の下、搬出を進める方針に変わりはないことを申し上げた」とある。Photo_8←白い帽子の人が「広域住民連合会」の小林事務局長。その左が松戸市の課長(この日の責任者)。このような「通してください」「帰っていただきたい」の対峙状況が何時間も続いた。

Photo_10←「特定廃棄物(指定廃棄物)」という表示だけ。これでは、放射性廃棄物であることは、わからない。おかしな法律である。



 

■■8月1日には、住民約50人が搬入阻止

 広域住民連合会は、8月1日、搬入を阻止するために午前9時過ぎから搬入ゲートの近くのあずまやに続々と集まり始めていた。

 いくつかの情報によれば、搬入のトラックは10時半ごろだとのこと。雨が降るとの天気予報もあったが、幸い雨は一日降らなかった。

 集合しているあずまやのところで、小林事務局長は「いちおう阻止行動をするが、トラブルになってはまずいので、搬入そのものは認めることになるかもしれない。そのときは私たちの指示に従ってほしい」という挨拶をしていた。根本代表からも、私はその意向を聞いていた。

 10時40分ごろ、先導する「松戸市」と書かれた白い乗用車に続いて大型トラックがゲートに近づいてきた。

 当然、市民は「反対」の意思を示したプラカードなどをかざして車の進行を止めた。暑くなってきた。

 そこから住民と松戸市の担当課長とのやり取りが始まった。その間、炎天下、クーラーをきかせた車の中にいる松戸市の職員に「エンジンを止めろ」という声もかかる。当たり前である。

 暑いから松戸市の職員も車外に出る。

 住民連合の小林事務局長たちは「搬入しないで、引き返してください」と要請。「搬入させてください」と松戸市の担当課長は答える。

しばらくその繰り返し。

Photo_6

 小林事務局長は、「市長に直接話をしたいので電話を取り次いでいただきたい」と要請。しかし、「市長から搬入するように命じられていますので、ここは私の責任で実行することになっています」と取り次ごうとしない。(それじゃ、現場の責任者の課長の責任において、市長に電話をかけることくらいできるじゃないか、と私は思ったものである。)

 ついに小林さんはじかに松戸市の秘書課に電話を入れて「市長に取り次いでいただきたい」と丁寧だが強い口調で要請。これまた、埒の明かない対応の様子が電話のやり取りからうかがえた。何分くらい「つないでいただきたい」「できない」というやり取りが続いた後、「10分後に取り次ぐかどうかについて返答をする」という秘書課。

 10分後、けっきょく「市長には取り次げない」という回答だった。

 

■■我孫子市の副市長が現場に駆けつける

 そのころ、やはりこの運動にかかわって、焼却灰を搬出する自治体などにも同行して活動している我孫子市議会の副議長さんが我孫子市の副市長に電話を入れた。(我孫子市長は出張で不在だった。)

 さっそく副市長が現場に駆けつけた。松戸市の搬入の責任者の課長と話し合った。内容は、何とか松戸市長と直接の連絡を取りたい、という要請であった、という。けれども、松戸市の課長はかたくなにその要請を拒絶し続けたのであった。

Photo_9←我孫子市の青木副市長

 私も知り合いの松戸市議会議員に電話をしてみた。その議員は「松戸市の市長は、当事者能力に欠けるところがあって、議会でも質問に答弁したがらない傾向がある。相手にならないのではないか」とのことであった。部下を怒鳴り飛ばすこともあるらしい。住民連合の人たちも「搬入しないように要請に行った時にも、本郷谷松戸市長は怒鳴られたとも言われる。松戸市の課長が市長に取り次がなかったのもわかるような気がする。「私は市長の命を受けてきていますから、市長に取り次ぐ必要がない」というのが彼の主張だったのである。ある意味で立派なお役人であった。

Photo_11←仕事とはいえ、つらいものだ、と思っているのだろうか。以前、あるジャーナリストの問い合わせに不機嫌な対応をしたとのこと。名前も名乗らなかったとのことだが。任務に忠実な方ではある。

 我孫子市の副市長は、「これから松戸市に行ってきます」と言って、松戸市に向かった。車で1時間はかかる。

 午後4時近く、小林事務局長のところに副市長から連絡が入った。「松戸市の副市長と話し合ったが、松戸市は、あくまでも搬入する方針は変えない」とのことで、両市の副市長の会談は決裂したのであった。

■■阻止行動は続く ついに搬入を断念へ

 炎天下、阻止行動は続けられることになった。それにしても、住民の方々のタフさには頭が下がる。それだけ、阻止の意思が強いということであろう。

 午後4時を回ったころ、ついに松戸市の課長から、「5時までに搬入ということになっているが、それは難しい状態なので、搬入は断念します」と通告があった。

 とうとうこの日の阻止行動は成功してしまったのだ。

 先に述べたように、住民側は、阻止の意思は示すが、混乱が起こってはまずいので、適当な段階で搬入を認める方針であった。

 だが、松戸市側のかたくなな態度が、1時間程度で阻止行動は終わるはずだった予定がついに阻止貫徹にまで至ってしまったのである。

 

 松戸市の課長が、搬入を断念することを明らかにした後、「話し合いをしませんか」という提案をしていた。しかし、状況はそんなことが受け入れられるはずがなかった。「副市長まで出てきて話し合いを求めたのに拒否をしておいて、いまさら話し合いなどできるはずがない」という当然の返事が誰が言うともなく、自然に何人もの人たちの口から出てきた。「(我孫子市を)なめてるのか」「馬鹿にしている」というようなつぶやきも聞こえてきた。

 「引き返しますので、トラックなどをゲートのまでユーターンするので、通してください」と呼びかけがあり、車をゲートまで前進させることになったが、「そのままゲートを通過して中に入るかもしれないぞ」という声も上がった。私もその可能性はないとはいえないと持ったので、住民連合の方々とともに、ゲートの前に立ちはだかったりした。

 はじめに、松戸市の乗用車が、ゲートまで方向転換をして走り去っていった。つづいてトラックも方向転換をして去っていった。

 けっきょく、午後4時半前に、松戸市からの高濃度汚染の焼却灰を積んだ車は引き返していった。

  千葉県が松戸市の行動を後押ししていたのは「県の指導があった」という千葉日報の報道からもわかる。放射性物質を拡散させてしまう、という愚かな方針は、ほんとうは協力し合う関係にある近隣自治体の間に亀裂を作り出してしまった。そんことは誰も望んではいないのに。

 原発という核エネルギーを使って電気を作ろうという技術が破綻しているにもかかわらず、今後も続けていこうという愚かな行動が強まろうとしている。次々生み出される死の灰の処理方法もないのに、続けようとする人たちは、万一の事故や、たまり続ける死の灰についてどのような責任を取ろうとするのだろうか。

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